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【舞台はここに】黛敏郎「涅槃交響曲」 奈良・東大寺(産経新聞)

 ■鐘に託した祈り西洋に発信

 桜が咲くのにふぶくような奇妙な月夜の晩、奈良・東大寺境内で梵鐘(ぼんしょう)が鳴るのを待った。

 思ったよりも音の幅が広い。高音も低音も混ざる太い音が境内に風をおこすように鳴った。若草山のふもと、東大寺の夜の静寂を、いっそう清浄にするかのような力のある音だ。

 梵鐘は高さ3メートル85センチ、口径2メートル71センチの巨大な造形。大仏開眼の752年に制作された奈良時代の音が今も毎夜、響く。

 東大寺の森本公誠長老(75)は「あれだけの大きさの鐘ですから、音もどっしりとしたものです。聞き慣れていますが、大仏殿前で奉納コンサートがあるときなど、音楽の合間に不意に聞こえてくる鐘の音が点景を画し、大仏様にふさわしい重みを感じます」。

                   ◇  

 作曲家、黛敏郎が昭和33年、29歳の時に発表した「涅槃(ねはん)交響曲」は、黛の代表作として人々の記憶に刻まれた。「西洋至上主義との決別」、「東洋思想への傾倒」…後年の政治的発言と重ねられ、今もそういった言葉で語られることが多い。

 フランス留学を1年で切り上げ「もはや西洋に学ぶものはない」と宣言した黛がこの交響曲のテーマに選んだのは、寺の梵鐘の音と、僧侶の声明(しょうみょう)。初演のプログラムには自ら「ここ数年来、私は鐘に憑(つ)かれてしまったようだ」と書いた。

 作曲にあたり、NHKが持っていた東大寺をはじめ上野・寛永寺、平泉・中尊寺などの除夜の鐘の録音を分析し、得た音を再び電子音楽的に合成して元の鐘の音に近い音を作るという作業を行っている。さらにこの合成を、電子音ではなくオーケストラで行い、鐘の音の再現を試みた音楽を涅槃交響曲第一楽章にあてた。やがて黛は奈良の「音」をさらに追求し、幾度か東大寺に足を運ぶ。

 京都市立芸術大学で作曲や分析を教える清水慶彦さん(32)は「黛に関しては西洋との決別が強調されることも多いが、実は、この作品には、ヨーロッパで学んだ先鋭的技法が駆使されている。ただ、テーマには日本のものを選んだ。技法にも伝統にもとらわれすぎることなく、バランス良く自らの音楽世界に引き寄せた」と指摘する。

                   ◇  

 オーケストラを3群に分けて配置し、難しい合唱を伴うため、なかなか演奏回数は少ないが、この5月2、3日、京都コンサートホールで京都市交響楽団によって上演される。指揮するのは、黛が東京芸大で初めて教えた生徒の一人、作曲家の松下功さん(58)だ。

 「楽譜を勉強して思うのは、黛先生が強烈に西洋を意識していたということです。留学先のパリの街で聴いた教会の鐘と対峙(たいじ)するものとして、梵鐘があったのではないか。西洋でも東洋でも、鐘の音に祈りが託されているのは共通したこと。それを、日本から西洋に発信したかったのだと、想像します」

 1300年、ひとところで鳴り続けている鐘の音の強さ、重みは、黛だけでなく、日本人一人一人のよりどころにふさわしい。その再創造は現代、どのように響くだろうか。(安田奈緒美)

                   ◇

【メモ】鐘をつく家

 東大寺大仏殿の東側にある階段を上がっていくと、巨大な梵鐘をつるした鐘楼が見えてくる。毎夜午後8時、この鐘をついているのは、僧侶でもなく、寺職員でもない。明治時代以来、その役目を担うのは、近くに住み、大鐘家という屋号を持つ川辺家だ。毎夜の重責に、家族旅行はもちろん、夜中に飲み歩くこともままならない不自由もあるが、鐘をついて6代目に当たる嘉一さん(56)は「代々仰せつかっている役目。しっかり鐘をつかなあかん、という思いは身にしみこんでいます」と話す。

                   ◇

 歌舞伎や小説、音楽…。さまざまな作品に登場する舞台の“今”を訪ねます。

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